夢のカタチ
夢を追うことを無条件に応援したい。
自分が追うことはもちろん、
近しい人が、憧れ、希望を持って
夢を追う姿はとても素敵である。
ここからは相変わらずの持論だけども
夢を絶対的な一つのカタチとして
捉えてしまうと、0か1、
全か無かになってしまう。
それが勿体無いと思うのだ。
噛み砕くと、
例えば夢はサッカー選手だとする。
もちろん目指すはJ1リーグの
トッププレイヤーであり、
なんなら海外のクラブチームに
入ることだろう。
狭き門を前に、絶望を味わう事や
選択に迫られる事もあると思うのだけれど、
『サッカー選手』
が夢だけれども、もう少し深めて
サッカーで食べたい、のか
サッカーに関わる仕事がしたいのか
サッカーを続けたいのか
夢のカタチに柔軟性を持たせる事で
新しいユメに気づくこともあるんじゃないかと。
そんな風に思ったり。
ただし、一つの夢にこだわりを持って追い続け、叶えた人も沢山いて。
メディアで子供に夢を与えてくれたのはそういう人だった。
僕は一つを追いかけることが苦手だったけど、やっぱりやりたいことをやりたいので、
どうすればできるかを考えた末の自分のユメのカタチなのでした。
企むウサギは2度嗤う
何かを企んでいる時
楽しくて楽しくて仕方がない。
昔から如何にワクワクできるか、
与えられた、設けられた制限の中で
どうすればワクワクできるかを
考えてきたとおもう。
企むウサギは2度嗤う
いま僕は楽しくて仕方ないです。
雑記#6
夢とか目標とか
目先の報酬とか
道しるべのようなものが
必要である。
自論ですが。
就活にしても、
その前は受験にしても、
こうなりたい、こんなことがしたい
考えがあればスムーズだし、
それが今のところ無い。
と考えるのをやめてしまっては
前に進むことが困難であろう。
人生的な目標は二つ。
店を構えること。
自分が納得する家を建てること。
雑記#5
携帯の容量が埋まりつつあると
表示されたので、何事かと思い
データフォルダを見直した。
1000を超える写真を見直すと
どうやら3年ほどまともに写真を
整理していなかったようだ。
懐かしくおもうきもちと同時に
90%が人物の写真であるあたり
自分らしさを見つけたきがして
なんだか少し気分がいい夜です。
ふと思い出したので。
小学校時代は自分の教室に
一番乗りすることがすごく好きで、
鍵を受け取り、誰もいない教室で
何をするでもなく過ごしていた。
あの頃が一番季節に敏感だったかも
しれない。
いつからうまくこなすことが
巧くなってしまったのかね。
雑記#4
雨音が心地よく感じるのは
6月産まれだからでしょうか。
雨の匂いには少し敏感な気がします。
何かしたいを実行できるかが
ポイント。
実行するにはどうすればいいか、
で諦めないために、
いろんな人とはなしをしましょう。
自分に言い聞かす。
どうあがいてもあと一年。
仲の良い人間がみな散りじりに。
これほどさみしいことは無い。
いつでも待っていよう。
人付き合いが、本当は苦手な
僕なりの、全力なのです。
雑記#3
なにかしら、仕事を、与えられて
ようやく自分の存在を認められます
手帳はひと月先まで予定でパンパン
そうで無いと落ち着かないのです。
なんにもない日は本当に
作りかけの日本酒のように
日の目を見ずゆっくりと
内側でなにかこう形容し難い
モヤのようなものを昇華させる
そんな時間
ただし、昇華できることはほぼ無い。
歌や曲を褒めてもらえるのは嬉しい
とても。素直に。
ただ、、なんだろう。
とても申し訳なくおもうんです。